戦国時代、肝付家の内紛で誅された5名とその愛猫の霊を鎮めるため建立された古社。江戸後期の地誌『三国名勝図会』には「粢(しとぎ)を供えれば家出猫が7日以内に戻り、病猫も癒える」と記され、現代まで猫の守護神として親しまれています。
| 正式名称 | 御社神社(ごしゃじんじゃ)/旧称:五社大明神・五社宮 |
|---|---|
| ご祭神 | 東殿(肝付神社):大伴連君和志雄・肝付兼親命ほか5座/西殿(御産霊神社):高御産霊神ほか14座(計19柱) |
| 例祭日 | 8月15日 |
| 住所 | 鹿児島県肝属郡肝付町新富5573 |
| アクセス | 鹿屋市街から車で約25分/四十九所神社から水路沿いを東へ約250m(徒歩約5分)/弓張城跡の麓 |
| 拝観時間 | 終日(無人社) |
| 拝観料 | 無料 |
| 公式URL | 鹿児島県神社庁 御社神社ページ |
天文2年(1533年)、肝付家13代兼興の死去により家督を継いだ14代兼続に対し、叔父・兵庫介兼親が謀反を企てました。 兼続はこれを察知し、兼親とその妻・二男子・兼親の母の5名を誅し、さらに兼親が飼っていた愛猫までも命を絶ったと伝えられます。 以後、兼親一族の祟りが続いたことから、永禄4年(1561年)に5名の霊を鎮めるため 「五社大明神」として祀ったのが東殿・肝付神社の起源です。
西殿は創建時期不明ながら、高御産霊神をはじめ14座を祀る御産霊神社として古くから鎮座し、 両殿あわせて19柱を祀る大隅半島でも特異な構成の神社です。 永禄年間には守護職・肝付家より知行三町三反の寄付と流鏑馬神事が執り行われ、 明治8年に社殿が再興されました。
江戸後期の地誌『三国名勝図会』には、 当社に粢(しとぎ)を供えて祈願すれば家出した猫が7日を経ずして必ず戻り、病猫も癒えると記されています。 この伝承が江戸期から地域に広く伝わり、現代まで「猫の神様」として愛猫家の信仰を集めています。