江戸後期、町絵師たちは猫を描いた。武者絵の歌川国芳が筆頭だが、歌川広重の名所絵にも猫はそっと潜む。妖猫を描いた月岡芳年まで、浮世絵が捉えた江戸の猫を巡ります。
歌川国芳(1798-1861)は、武者絵で名を成した江戸後期の浮世絵師。同時に大の愛猫家で、画室にはいつも10匹以上の猫が寝そべっていたという逸話が残ります。代表作:
『名所江戸百景』(1856-58)の代表作「浅草田甫酉の町詣(あさくさたんぼとりのまちもうで)」では、障子越しの遊女屋の窓辺に座る一匹の白猫が、富士山を背に画面の中心を占めます。広重の構図感覚と猫の存在感が際立つ一枚。
明治の鬼才・月岡芳年(1839-1892)は『新形三十六怪撰』のなかで「鍋島の化猫」「猫又」など、日本の猫妖怪伝承を絵画化しました。江戸の戯画的な猫から、近代の幻想的な猫へと、猫の表象は大きく変化します。
19世紀末のパリで国芳の猫絵はマネ、ドガ、ロートレックらに影響を与えました。スタンランの『シャ・ノワール』ポスター(1896)に見られる平面的な黒猫の表現は、浮世絵の猫から学ばれたものとされています。